ご下命とあらば、いずこにも参りまする。皆様お久しゅうございます、伊勢尼の政でござりまする。お奉行殿!ままま埋蔵金でござるか?ワクワク!豊臣秀吉ゆかりの「多田銀山」一帯を探索することにいたしました。
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阪急宝塚線「川西能勢口」から阪急バス「日生中央」方面行きに乗り約25分、銀山口で下車します。「銀山口」とは何とも分かりやすい。埋蔵金ロマンをかき立てられます。

のどかに広がる田畑を抜け「歴史街道」悠久の道を銀山に向かい歩きます。この道は別名「銀山街道」と呼ばれていました。町名はズバリ猪名川町銀山です。ほかにも本町・新町など往時の賑わいがしのばれます。なかでも、きわめつけは長者町。あ〜、あやかりたい。

資料館「悠久の館」のある広場に出ます(トイレあり)。川の向こうは代官所跡、この山は奈良時代から昭和48年まで良質の銀を中心にした鉱山としての歴史を誇ります。中でも豊臣秀吉〜徳川の時代に全盛をきわめた由緒ある山なのです。

代官所跡です。最盛期の人口は1万人、住居は3千戸、1664年には銀5,625kg、銅453tを産出していました。ツワモノどもが夢の跡と言った雰囲気です。

広場の北側の藪の中にひっそり息をひそめるように明治時代の精錬所の跡(まるで時代に取り残されたよう)がありました。

しばらく歩くと案内板がありました。この奥にはたくさんの坑道(間歩:まぶ)が点在し、そんじょそこらが洞穴だらけです。

金山彦神社です。今回の探索の安全と皆様のご健勝とご多幸、自分の健康、地球の平和と人類の発展と…欲張りですか?とにかく祈願していたら神社を管理されている方が「ここはご利益がありますよ。
お賽銭は3日以内に3倍になって返ってきますよ。」と声をかけてくれました。結果→3日後、宝くじが900円分返ってきました。当日の夜、中学生の時に治療した奥歯の銀が何十年ぶりに取れました。(なんだかなあ…)しかし無事に銀山から帰還できたので、ご利益ありです、まちがいナイ。

金山彦神社の奥に青木間歩がありました。整備されていて自由に見学できます。ここは機械堀りだったようです。この上には露天の手堀り跡があり、見学できます。

さらに奥へ行くと「日本鉱業」の跡地と露天掘りの跡「大露頭」が現れます。大露頭は通常なら地下にある鉱脈が地上に露出している所だそうです。頂上まで登ってみました。なんだか足元にころがっている石のかけらに貴重な鉱物がふくまれているような気がして、数片だけテイクアウトさせていただきました。

近くにある「台所間歩」跡です。3m程度でふさがっています。(この奥なんだかアヤシイ)

秀吉が馬に乗ったまま入ったとされる瓢箪間歩跡です。柵が何重にも配され、人の侵入をカタクナにこばみます。(アヤシイ!ますますもってアヤシイ)この奥には秀吉の埋蔵金が眠っているような気がします。

埋蔵金は探り出せませんでしたが、貴金属が含有されているはずの石です。近畿自然道まで戻り、元の道を引き返すか先へ進み「道の駅いながわ」を目指すか、マカ池・ジャリ池を経由し「いなホール」・「町立図書館」方面に行くルートがえらべます。拙者は家事都合(取材日は12/30「年末の忙しいときにお父さんどこ行ってんの」と怒られそうなので…)によりこれにて埋蔵金探しを打ち切り、銀山口まで戻りました。いやーしかし、悠久のロマンあふれる楽しいウォーキングでございました。